伝説的なジャズの殿堂、ヴィレッジ・ヴァンガードの赤と黒に沈んだステージは、80年以上にわたり創造的なインスピレーションと活気あるコラボレーションの背景となってきた。アーティストたちが長期間の関わりの中で音楽を開花させられる、親密な空間であり続けている。サックス奏者ビル・マクヘンリーの1週間のレジデンシー公演中、ヴァンガードの常連客マックス・コスローはある特別なパートナーシップに強く感銘を受け、それまで経験のなかったレコーディング業界に飛び込むほどだった。

コスロー氏は、いつもの木曜夜のヴィレッジ・ヴァンガードでのセッションで、マクヘンリーが打楽器の巨匠アンドリュー・シリルとデュオを組んで演奏するのを聴いた。二人の間には明らかな化学反応が起こり、音楽は魔法のように輝いていた。この魔法を記録に残さねばと感じたコスローは、二人に共演録音の許可を求めた。サックス奏者と打楽器奏者のデュオ編成は極めて稀で、記録に残っている例もジョン・コルトレーンとラシード・アリの『星際空間』など数えるほどだ。シリルは1970～80年代のニューヨーク・ダウンタウン・ロフトシーンやスピリチュアル・ジャズシーンで即興演奏の第一人者として活躍。マクヘンリーは1990年代にニューヨークの小規模クラブシーンを刷新した世代の出身で、ウェスト・ヴィレッジのスモールズ・ジャズ・クラブ創設にも関わり、過去10年間で最も注目されるサックス奏者の一人と評されてきた。こうして2014年11月、コスローの新レーベル「ブレイン・スキズム・プロダクションズ」で2日間の録音が行われた。完成した『プロキシミティ』には、二人が共同で作曲・即興した楽曲に加え、シリルの同僚ドン・モイエとムハル・リチャード・アブラムスの作品も収録。互いの音に触発されながら、リラックスした流動的なアプローチで音楽が紡がれている。冒頭の「ベドウィン・ウーマン」はモロッコ音楽に着想を得た繊細な瞑想曲で、コルトレーンのドキュメンタリーでマクヘンリーとシリルが強く感銘を受けた作品だ。ドン・モイエの「ファブラ」は遊び心ある変拍子の曲。シリル作の「ドラム・ソング・フォー・リードベリー」はブルースの巨匠ハディ・レッドベターへの讃歌で、ギタリストの「グリーン・コーン」をアレンジしたサックスとドラムの見事な掛け合いが聴きどころ。アブラムスの「ドラム・マン・シリル」はタイトル通りシリルの見せ場であり、マクヘンリーのダイナミックなサポートも光る。タイトル曲はシリルの友人であるトロンボーン奏者ジョン・バーナード・ゴードンへの荘重な追悼曲。「レット・ミー・テル・ユー・ディス」はオーネット・コールマンを思わせる熱烈な即興デュオで、続く「ブロークン・ハート」は短くも美しい小品だ。「アクアティック・ライフ」ではしなやかなサックスの導入後、シリルが独自のエネルギッシュなビートで乗り、「ダブル・ダッチ」は控えめながら遊び心たっぷり。「シーズンズ」は長いトーンを奏でるマクヘンリーとミニマルな打楽器で描く音の詩。「ダーヴィッシュ」は再びモロッコの雰囲気に戻り、力強い打楽器のフィナーレでアルバムを締めくくる。デュオ編成ならではの親密な創作空間。アンドリュー・シリルとビル・マクヘンリーの『プロキシミティ』は、高い技量と個性を持つ音楽家同士が出会うことで生まれるインスピレーションの結晶だ。ヴィレッジ・ヴァンガードという育みの場で、二人の共演が持つ唯一無二の可能性をいち早く聴き取った人物の存在に感謝したい。